朝日に照らされた海は橙色の光を放ち、
少し高く昇った太陽に照らされた海は金色で、目が眩む。
学校の向こう側には水平線が広がり、海に向かうと透き通ったエメラルド色の海が見える。
街のあらゆるところで花が咲き乱れ、街並みに彩りを加えている。
風に運ばれ、はるか遠くサハラ砂漠からやって来た砂に街は覆われている。
上空から見たマルタはベージュを帯びていたが、タラップを降り、走る車より街並みを眺めると単にベージュで構成されているわけではないと知る。
街並みエメラルド、薄紅色、深緑と溢れ出るほどの色彩に圧倒された。
ここでは様々な色彩がベージュに覆われているのだよ。エッグベネディクトを連想するがよい。最初、マフィンの上に載せられたポーチドエッグは白身に覆われているだろう。君が切込みをいれたとたん、鮮やかな黄身が溢れ出る。
同じようにマルタはベージュのベールで覆われているが君がマルタに降り立ったらきっと分かるだろう、鮮やかな色が君の前で溢れ出るのだよ。
私のマルタ行きを伝えると、私の恩師はそう言った。何よ、大袈裟な。当初はそう思ったが、実際にマルタに降り立つと恩師の言葉がそのまま立ち上るかのように色彩が私の目を圧倒した。
市街地をくぐり抜け、住宅街の一隅に降り立つ。
眼下には海も見える。茶色い大地と、太陽と海。
古代の人々もこの風景も見たのだろうか、きっとこの地で見つかる芸術作品はここの風景からヒントを得るのだろう。
書類に記載された住所をもとに滞在予定のフラットを探す。
日は空港到着時よりもさらに傾いていた。
空にはアラジンに出てきそうな渦巻いた雲が夕闇の上に浮かんでいた。。
「あら、こんにちは」
地中海の水面の鮮やかな青色の扉を開けると
そこには初老の女性がいた。
「初めまして、今日から滞在する……」
「あなたのことなら既に知ってるわ、さ、早速お茶にしましょ」
女性は手慣れた手つきでコーヒーを淹れる。
「あなたは?」
「ここのフラットに住んでもう1年のただの住居者よ、お節介な性格が災いして入居者に毎回構ってるんだけどね、正直話して欲しくないような素振りを見せる人も多いのよ、申し訳ないと思うけどリタイアする前はずっと人と話していたわ、だから仕方ないのよ、かつては…」
「あらそうですか…」
遮るようにして発した相槌は案外冷たく響いた。
「ごめんなさいね、お疲れのところ。フライトはどれくらいだったの?」
「2時間半くらいですかね」
「あら近いのね。ヨーロッパのご出身で?」
「ええ。そうですよ。」
「あらそうなのね、私は大西洋を超えてきたのよ、なかなか年老いてからの大移動は疲れるわね。」
ということは南北アメリカから来たということなのだろうか。
「出身はどちらで?」
「南アメリカの国から来たのよ。ねえ、あなたは何を想像する?南アメリカと言えば。」
「熱帯雨林とか?」
彼女は私にコーヒーを渡す。
「そう、もちろん熱帯雨林は多いわね、最近は面積が減ってはいるけれど。まあ、でも私は熱帯雨林にはそこまで慣れ親しんでこなかったわ。なぜなら私はアンデスの高地に生まれたから。なかなか過酷よ、だって空気は薄いし、昼夜の気温差は激しい。」
コーヒーは今まで味わったことのないような味だった。酸味とコクと苦さが順を追って口の中を描き巡る。
「でもね、郊外に車を走らせると星々が急に迫ってくるのよ。」
コーヒーがすこし震える。波紋が現れて、消える。
「今までもきっと星々が取り囲んでたんだけど、急に街の明かりが消えると星々の活きがよくなるの、当たり前なんだけど不思議ね。」
コーヒーを半分飲みきる。
「そうそう、これが私の家の周りの写真よ、わりと坂があるでしょ?この辺りの風景に似ているわね、私の地元には海はないけれど。ただ、ここから中心街が見えるでしょ?私の昔住んでいた家からも中心街が見下ろせたのよ。何だかとてもデジャブな感じがして……」
コーヒを飲みきる。そして言う。
「ごちそうさまです。ありがとうございます。」
饒舌な彼女が発する言葉一つ一つを流しつつも何かコーヒーのように染み入るものを感じた。暖かいコーヒーがじんわり喉を温めるように。
「あなたの故郷、素敵ですね。聞いたことのある名前だな…と思うくらいで全然知りませんでした。」
「あなたの故郷はどんなところなの?」
「うーん、そうですね。私の故郷も坂の多い街で市の中心部では市電が走っていますね」
私の地元は一言で言うと灰色である。
曇りや雨の日が多く、いつ見てもどんよりした印象を受ける。
「訪れたらわかると思いますが個性がないのです。
中心部から少し外れただけで、猥雑なと言えば良いんでしょうか、企業の広告看板がひしめき合い、薄汚れた住宅が所狭しと並び…」
謙遜を通り越した自虐は人を困惑させる。
無意識に、この美しい街を前についこの前まで住んでいた街を嘲ってしまたのだ。
「あら、そうなんですか。」
彼女は目を細めて言った。
「そういう街もいいと思いますよ」
少し突き放されたような印象を受けたが、私の一瞬の困惑を感じ取ったのか分からないが、その笑みを絶やさぬまま付け加えた。
「しかしながら、ここも同じじゃないですか、到着してすぐだから分からないんだと思いますが、観光客が足を運ばないようなローカルな地域に行けば世界どこも一緒ですよ、マルタもそう。砂ぼこりを被ったような広告がずらりと並びます。」
「あら、私てっきり…」
「美しい海を見に行こうとすれば、近くのレストランから大音量でジャスティン・ビーバーが流れてきて。きっとこの風景はここ以外でも見られるのかもしれないわね。」
表情を崩さない。彼女は私の目の前にあったマグを取り、ささっと洗った。
「お疲れのところ、申し訳ないわね。明日からまた予定が沢山あるんでしょう?もう休んだ方がいいと思うわ。いくら近くても飛行機に乗るだけでも疲労は蓄積するものよ、シャワーはあのドアの向こうにあるわ」
私は女性にお礼を言い、一旦自室に戻ってからシャワーを浴びた。
共同のシャワーは水圧が弱かったけど疲れを取るには充分だった。
「あら、サネム」
壁の向こうから女性の声が聞こえた。
これ、下書きのままにしてたけど、続く。