Naegi

イタい人だと思われても、思ったことを発信して生きる

解像度の低い未来と葛藤

いわゆる「22卒」という肩書で就活することを保留した。恐らく、やめると思う。

ナビサイトを退会し、日々送られてくる怒涛のメールと別れを告げた。

 

これからどうしよう笑

 

あ~、人の目が怖い、というのが正直なところではある。

 

というのも、以前「私は4年で卒業した後にも大学でやりたいことはあるんです。」という話をとある人に打ち明けたところ、「文系は学部就職じゃないとキツいよ、しかも学費はどうするの?笑 しかも、教職とってないんでしょ。」と一蹴されたことがあったから。

 

あ~~確かにね、と以前の自分は納得していた。実際、そのような風潮は存在しているのは確かだ。世知辛い世の中だ。

 

とはいえ、それなりに覚悟はできたので、就活を辞めることにしたのだ。

 

どうせ2年後は就活するので、就職はいずれ通る道だとは思う。

就職することに対して否定的になったわけではない。

やりたいことを見つけてしまったので、もう2年待ってください!と告げる形になっただけだ。

 

 

以前、わたしが考えていた進路は、以下のようなプランだ。

 

「私が育ったのは工業都市だから、幼い頃から工業について知る機会が多かったな。だから私は、ものづくりに関わる仕事がしたい!よっしゃ!メーカーに就職しよう!メーカーだったらグローバルに働けるし!」

 

という考え。

 

だから、志望動機にも「モノづくりに関わりたい」という旨を書いていた。

 

安直な動機だったが、メーカーのインターン選考には複数通った。

インターンに参加するればするほど自信もついたし、メーカー就職への道は確固たる私の進路だと思っていた。

 

しかし、「なぜ私はメーカーに就職したいのか」という理由を考えれば考えるほど、企業に合わせた就活軸を持っているのではないか?と思うようになった。

正直なところ、メーカーに惹かれた理由は私の安定志向にあると思う。

 

それなりにホワイトで、それなりに年収が高くて、それなりの幸せを享受できるような生活。安定したメーカーに就職することではないか、という情けないほど安直な理由が根底にあったのだ。

 

恐らく、メーカー側も、こんなふざけた就活生に内定なんて出さないだろう、と思った。だいいち、私が利潤のために数字を追いかけて、全国転勤するなんて似合わないなと思った。

 

「私は推しを語るの好きだし、大好きな自社製品の営業向いてるんじゃね?ゎら」

みたいな幼稚な目線でキャリアを設計していたのだが、いわゆる「営業体験ワーク」なるものを体験したら、「向いてねえわ、むり・・・・」となった。

 

無理…となった理由は、絶望的に数字の勘が無いからだ。

わしには商売は向いていないんじゃあ~~~、、、

数字勘のないひとがメーカーで営業をやる苦悩が綴られた宮下奈都のエッセイを読み、「あ、このままだと私、こうなってしまうな」と危機感を抱いた。

 

その後、確信したのは就活支援をしてくれる先輩に「あなたは、メーカーで何がやりたいの?」と訊かれたときに言葉が詰まってしまったことだ。

 

「せ、生産管理?人事?営業?らへんができれば…いいかなと思います」

とたどたどしく答えてしまったが、疑念は確信に変わった。

 

メーカーは、本選考受けんとこ、、ということだ。

 

わたしの就活は白紙になった。

 

何がやりたいの?何をするときにやりがいを感じるの?と問い詰めた。

 

やりたいことは、私と同じように「生きにくさ」を感じている人を支えたいということ。一番楽しいのは、文章を書いているとき、自分の考えを発信するときだ、と思った。

 

 

一瞬、脳裏に受かんだのがメディアなどの仕事だ。

しかし、私は組織の中での「物書き」になろうとは思っていない。

(実際、そこで活躍されている方もいるので、理由は控えるが)

 

あ~~~~どうしよ。

うわああああああ。

 

将来的にはフリーランスの物書きになりたいです。本出したらみんな買ってね☆

(新卒でなる!っていうわけではないです、将来の話。)

 

そのために、まだ大学に残って考えたいこと・学びたいことがたくさんある。残るわ!ってことです。

 

私の専攻内容は実用的なものではないので、直接的に仕事に活かす!ということはできないけど、ちょっと俯瞰的に人生・社会をみたときに、必要だなあと思うことなので、学ぶ意義は多いにある。

 

しかも、最近やっと研究したい分野が分かってきた、ということで研究のモチベもなんとなく上がった。

 

というわけで、解像度の低い未来は思い描けた、という話。

 

まだ葛藤し続けているけど、後悔はしたくないので、選択には慎重でありたいと思う。

どっちが正解ということはないけど、自分に対して嘘はつきたくない。

 

世間様からの批判は見ざる聞かざる!スタンスで。

無印になりたかった私

無印良品のような夢を見た。

当たり障りのない夢で、夢から覚めたらすべてを忘れ去ってしまう夢。

 

かつて、私は無印良品のような人物になりたかった。

スペックに文句なし、見た目に文句なし。そして、余計なことを言わない。

そんな人物に憧れていた。

 

 

しかし、現実はそうはいかなち。

ショッピングモールの一隅にある無印なんかにはなれない。  

 

郊外にあるディスカウントストア、だろうか。

一部の層には煙たがられるような存在。

「あの店?私はあの店で買い物するような生活レベルではないわね」と言われてしまうような「あの店」。

 

 

あの子は繊細だから。

発言には気をつけて。

 

担任は私のいないところで、他のクラスメイトにこんなことを言っていた。

 

もちろん、私について、だ。

 

 

事情を説明する。

 

 

小学5年生のある時、私は何も前触れもなく、クラスメイトの一部からばい菌扱いされるようになった。

近寄ると、避けられる。

たったそれだけだった。

 

でも、その行為自体は私の自尊心を破壊するのに十分すぎるくらいの威力を発揮していた。

 

「私は、ばい菌のような存在なのかもしれない」

とも半ば本気で思っていた 。

 

これを相談すべきか迷ったが、何かの拍子で親に勘づかれ、この話が学校側に伝わることになる。

 

 

あら、そうなの。このクラスの男子が……最低ね。

大丈夫、安心して。私がガツン!もと言ってやるから。

 

と当時の担任は声をかけてくれた。

 

この教師は中年の女性で、情熱にみなぎっていた。

とにかく熱く、テンションが高かった。

私からすると、すこし苦手なタイプだった。

 

本当にその先生はクラスの男子を廊下に集めて「ガツン!」と言ってくれた。有難かった。

 

ただ、問題は次の発言にあった。

 

声を小さくして

「あの子は繊細だから。発言には気をつけて。」

 

正直、ばい菌扱いされた時よりも衝撃は大きかった。 私って扱いにくい人間なの?と疑念に思った。

 

ばい菌扱いされて傷ついた事を相談しただけなのに、「繊細」と言われ、「発言には気をつけて」と言われる筋合いはない。

モラルが疑われる発言をしなくていいだけで、普通に接してくれる分には構わないのだ。

 

疑問と悲しさが渦巻いていたが、どうでもよくなり、無心で涙を流していた。

 

あの出来事から10年経った。

 

果たして私は本当に扱いにくくて繊細なのだろうか。

 

確かに、声を上げる人間は煙たがられるかもしれない。

学校側からしてもいじめなんてない方がいいのだから、「いじめられてます!どうにかしてください!」と相談する生徒じゃない方が良いのかもしれない。

 

しかし、私は傷ついたことを「傷ついた」と発信したに過ぎない。当たり前のことだ。

 

 

……少し前まで続けていた塾講師のアルバイトで、この思いが蘇った。

 

 

生徒の中には私と同じようなタイプは確かにいた。

ただ、そのような生徒に対しても同じく「繊細な生徒」と引き継ぎメモに書いてあった。

 

その子は本当に繊細なのだろうか?

 

小・中学特有の周縁の生きにくさに辟易して「学校に行きたくない」と言っているだけなのに、「学校に行きたくない=繊細」と思われるのは腑に落ちない。

 

だいたい、中心にいる人たちは好き勝手やってるのだし、合わない人にとっては本当に合わない。

 

学校という場所の暴力性についてもう少し考えた上で、その子が本当に繊細かどうなのかを確かめたいと思う。

 

学校で息苦しい思いをしている子たちが少しでも楽に、学生時代を乗り切れたらいいなと思う。

 

場所を変えれば、生きにくさなんて感じなくなる。

きっと、そこでは「繊細」という暴力的なラベリングがなされることはないのだから。

 

梨木香歩西の魔女が死んだ」において、不登校の孫娘に対し、祖母が贈った言葉を引用して結びとする。

何度この言葉に救われたことか……。

 

「サボテンは水の中に生える必要はないし、蓮の花は空中では咲かない。シロクマがハワイより北極で生きるほうを選んだからといって、だれがシロクマをせめますか」

 

ーー

最近のブログ、「不幸自慢」みたいかもしれないけど、過去のモヤモヤから思うことは発散したい。

これから進路を考えるにあたって、絶対必要なことだから。

 

印象に残っている本のこと

人生に大きな影響を与えた本、というものを考えた時に真っ先に浮かんだのがこの一冊。

岩波少年文庫から出版されているリンザー「波紋」だ。

 

児童書として出版されているものの、不明瞭な世界に対する鋭い直観といえばいいのだろうか、高い精神性というものが色濃く反映されている。

 

一言で言うと、南ドイツの僧院で過ごす多感な少女が、様々な人と触れ合いながら成長していく教養小説

一人称語りで語られているこの物語は、少女の鋭い感性のもとで描かれているので、やや激しい感情で物語られている。時期は6歳から青年期くらいだというのに。

作者は敬虔なキリスト教徒ということで、物語にはキリスト教の要素が強く、やや難解な箇所はあるものの、全面的にキリスト教の物語が描かれているといえば違う。

少女の鋭い感性が時に周囲の人間と摩擦を起こしつつも、悟りを目指す物語なのである。

 

具体的には、情緒を理解してくれない母と対立したり、規則で雁字搦めにされた寄宿舎を退寮したり。(確か、理由は仏像を部屋に置いていたことだっけ)

それでも、彼女が惹きつけられた人間は沢山いた。「わたし」の強い理解者だった祖父、優しい愛で人を包む叔母さん、綺麗で知的な教師。

確かに、世界は不明瞭だが、魅力的な人物によって彩られている。そして、最終的には噴水の波紋を見て、鋭い精神の法則性に気づくのだった…。「わたし」を突き動かすのは動物的な衝動ではなく、鋭い精神の法則なのだ…ということを悟ってこの物語は終わるのだが、これについてヘルマン・ヘッセは絶賛していたという。

 

小6の頃、この本を初めて読んだとき、強い衝撃を受けた。

最初、南ドイツのなだらかな丘陵を馬車で進み、僧院の門をくぐるのだが、その描写に見とれた。これほどきれいな描写があってよいのか、と。

 

しかし、穏やかな第一章とは対照的に、二番目の章「百合」では激しい「わたし」の気性が垣間見える。

美しい「百合」の花を惨めなほどまで千切ってしまうのだ。

百合の美しさに見とれているうちに、衝撃的な破壊欲に駆られた結果である。

この衝動に既視感を覚えて感動した記憶がある。

 

ほしいものに限って「要らない!」と意地を張ったり、自分のお気に入りのものを自分で壊したりとか、むかしは本当に天邪鬼で困ったことばかりしていて叱られてばかりいたのだ。

この気持ちは表現しようとしても出来なかったが、ようやくこの感情を言語化したものに出会えたので感動した。

 

この物語は非常に鮮烈な感情と、じめりとした感触で満ちているが、不思議と暗さは感じない。子ども時代の閉塞感や絶望、ここではないどこかへの幻想というものが事細かに描かれている。私も、同じような感情を感じていた。

 

本当に私の子ども時代にリンクする物語だったので、何度も読む作品となった。

 

今だったら、多少のことはインターネットで調べて何とかなるものだが、子どもの頃は世界のことが分からず、何もかもが不明瞭で怖かった。

そんな記憶を思い出させてくれるのがリンザーの「波紋」である。

 

いや~~これ本当に「岩波少年文庫」の小説かよ~~~と思うような作品なんだよね。

これを原文で読みたくで第二外国語としてドイツ語を履修した。

ドイツ語のテキストは手元にあるのだが、第一章で止まっている。

卒業するまでに読破するぞ、と意気込むものの、ドイツ語の文法が本当に抜け落ちているので、難しい。一時期、ドイツ文学を専攻するか迷ったっけ。日々、ドイツ語のテクストを読み進めていく気概は無かった…。

 

この物語に出会ったおかげで、「文学」をアカデミックな分野で研究してみたい、と思うようになった。趣味としてではなく、しっかり大学で学びたいと思わせてくれた一冊だ。

 

独文専攻ではないものの、しっかりとテクストと向き合うことは楽しいので、この1冊には感謝している…。

 

今回は、印象に残っている本、人生に大きな影響を与えた本について思いを馳せてみた。

 

 

 

ああ、ドイツ行きたい(´;ω;`)

 

 

 

 

都会

Taeko Ohnukiの楽曲の名前である「都会」。

シティポップは好きだが、都会は苦手だ。

 

生まれた場所は比較的、都会な地域だったものの、都心レベルの都会ではなかった。

そして、結局田舎に引っ越し、大学進学まで田舎で暮らした。

 

大学進学を機に都市郊外に引っ越した。郊外は非常に良い立地で、人混みに着かれず、かつ便利な場所だ。

一生郊外で過ごしたいと切に願う。

 

久しぶりに都会を散歩した。

日曜ということもあり、非常に混雑していた。

人混みに疲れ、帰宅後は吐き気がした。

いわゆる人酔いってやつなんかな。

(流行りの病ではないです。疲れによるもの…)

 

昔、ブログに「人混みの中で歩くと心が空っぽになってよい」的なことを書いた気がするんですけどぉ~、そんなことないです。

めちゃくちゃ疲れる。都会。

 

またまた就活の話題になるが、

「メーカーに就職して、東京本社に勤務して…」という将来像を描いていたものの、私は確実に丸の内の勤め人にはなれない。

人混みで体調悪くなるので…。

と、考えると地方公務員が有力になってくるのだが、「ここだ!」と思う自治体がない。困ったものだ。どうしよ。

 

メーカーのインターン選考祈られまくってますが、まあこれはいいことだと思って就職の軸を見直そう…。

就活の話、おしまい。

 

久しぶりに都会を歩き、新しい洋服でも買おうかなと思ったが、物欲がめちゃくちゃ減っていることに驚いた。

 

本に関しては、物欲は健在で爆買いしてしまった。

 

しかし、洋服となるとほとんどほしい服がないのだ。

着て行く場所もないし。

 

と思うと、すごく生活がミニマムになっていて、上辺だけの幸せでごまかさなくなったことに気づく。

徒歩圏内で生活が完結するって幸せなことなんだ…と思う。

 

繋がりたい人とはそこそこの頻度でご飯を食べたり、飲んだりできるし、

LINEでテキストを送り合ったりもできる。

繋がりたくない人とは、全く関わらずに済む。

この日々は非常に愛おしいものだ。

 

 

というわけで、日々を見つめかえしてみました。

 

なぜこんなにブログの更新頻度が高いのかというと、

日々が流れるスピードに驚かされてばかりで何も残っていないことに気づいたのね。

だからせっかくなので…ということでブログを書いてる。

一応、いろいろ読んで、観て、話して、考えているんだ!っていう記録が欲しかった。

 

 

 

 

 

空回りする土曜日

 土曜日の夜はなんだか ウキウキ♪ってシュガーベイブ山下達郎は歌っていたけど、

今日の私は土曜なのに沈んでいた。

 

今日という日を一言で表すと 空回り の一日だった。

11時に起きて(夢の中で中田ヤスタカに会えた。何かの試験に落っこちた夢も見た)、ブログを執筆していた。

記事内容は就職活動、とりわけ適性検査への恨みつらみを無心で書き綴っていたのだが、やはりネガティブな内容だからなのか。

下書きが消えた!

 

レポートや仕事の成果物ではなかったから不幸中の幸い。

これがレポートだったら大泣きするワ~~って感じ。

 

そして、昼ご飯を作ろうと冷蔵庫から豚バラ肉を取り出したところ、

消費期限過ぎてた…。

「豚肉 消費期限 過ぎた」というワードで検索したものの、

「基本的に消費期限を過ぎた豚肉は食べない方がいいです!」と書いてあり、気を落とす。

 

「いや、そんなことない。いけるよ!」と思って、パックを見つめたら

豚肉が黒ずんでた…。 

結構値が張ったバラ肉なのに泣 と再び気を落とす。

 

さすがに明日予定が入っているので、黒ずんだ豚肉を食べるというリスキーな選択をしてはならない。

 

泣く泣く豚肉を廃棄した…。

節約大好きな身としては悲しい。

 

適当にご飯を作り、さっそく今日の勉強をしよう♪とパソコンを開いた。

動作遅い。

 

それはいいとして…。

シンプルに適性検査(特に非言語)が出来なさ過ぎて気が滅入った。

 

あ~~~~~~

 

文系かつ中学受験していない勢にとって適性検査は辛い。

(”適性”を検査するなら、私に情報処理能力を試さないでほしい。どちらかというと考えたり書いたりするほうが得意なのである。)

 

 

そこからスーパー落ち込みタイム。

最近、インターンに落ちてばかりで、その理由のほとんどが

「適性検査に不合格」なのである。

面接のフローすら行けない。

人間性すら見てもらえない。泣

 

ちょうど、授業で扱っていた”AIの罠”的な文章を読んでいて、「データで人間を審査する危険性」に対する危機感が高まってきた。

人間を数値で評価することは果たして本当にフェアなのだろうか。

 

(適性検査に落ちてしまうことへの苛立ちを重ね合わせただけです。)

(私の努力不足)

 

確かに得点率は低いけど御社に貢献する気は…あるんです…私を採ってくれ…御社…と弱音を吐きそうになったけど、弱音を吐く前に勉強しろって心の中のマジレス魔に叱られた。

 

もういいや~~就活のことは考えないことにしよ!と思い、明日の予定を練った。

明日は久しぶりにお出かけというお出かけをする。

With 高校の後輩ちゃん

 

 

しかし。

予約したはずのレストランが予約されてなかった。

今からでも間に合うからいいか~と思って予約をするものの、満席。

Go to eat、恐るべし。

 

は?

 

最後までチョコたっぷり♪ならぬ、最後まで空回り!な一日でした♪

ちゃんちゃん!

 

ーー

最近のやりたいことリスト

 

積読解消

・小説書く

 

なんだけど、なかなか腰を据えて出来ないな~~~

日々の忙しさを言い訳にしない(戒め)

 

地に足をつける

やり場のない感情はブログに向かわせると良いと聞いたので、今日もブログを書き連ねていきます。

 

ところで、このブログ解説からそろそろ2年が経つので、ブログの歴史を振り返ってみよう!

 

学生団体の友人から「ブログ始めてみなよ!」って言われたことを契機にブログを始めてみた。

(所属していた団体のグループLINEにこのブログのURLが張り付けられたのが懐かしい。団体のブログでも宣伝してすんません)

 

Twitterアカウントと紐づけているので、このブログのスタンスはTwitterの延長上にあるという感じでやっている。

読者層は紐づけているTwitterアカウントの相互フォロワーを主に想定しているけど、オープンのサイトなので、まぁいろいろぼかしてはいる。

 

内容は、主に過去の回想と、散歩中に考えたことなど。時折旅行記も書く。創作もする。

 

note.com

そういえば、これに近いものとしてnoteも開設したが、使い分けが難しいな~~。

 

 

というわけで、2年間この思想垂れ流しの場を持ってきたわけだけど、やっぱり内容は変化してきたよね。

 

…いろいろ読み返したけど”共感性羞恥心”のような気持ちが湧いてきて(自分が書いたのだけど)読めない記事もありました~~^^

 

今日は過去の自分を知っておこう。人は変わるね!!じゃ!(またあの読売テレビの番組を…)

 

大学1年生の若い時の自分を思い出し、あの頃のわくわくとした感情を思い起こしてみたものの、既にフレッシュさを失っているので無理でした^^

 

とはいえ、今年に入ってから地に足のついた生活ができるようになったと思う。

毎日自炊をし、勉強もして、就活もして…。そして趣味にも夢中になって。

着実に毎日を生きている、、という実感を持って生きている。

 

昔は、他人中心に生活していたので自分を大切に出来ていなかったと思うが、今は自分中心に生きている。

それはとても幸せなことなんだろうな~~って思ってる。

 

眠くなったので、しっかりめの記事は明日書こうかな。

 

眠くて頭が動かないのだが、いろいろと煮え切らない思いは残ってるので。

 

 

 

 

秋 ノスタルジー 高校時代

今回の記事内容は端的にいうと「過去のトラウマとそれに対する”お気持ち表明”、そして将来への展望」です。

 

 

 

長袖のシャツがちょうどよいくらいの温度になった。

秋。

 

秋はノスタルジーって決まってる。

過去のことをぶり返しては、煮え切らない感情が渦巻いてどうしようもなくなるので、ここで書いてしまおう~~~~っていう勢いで記事書いてます!!!!!

 

その実、私のアツいシュウショクカツドウ、シュウカツ!のために”自己分析”をしなくてはいけないのだが、過去のトラウマ掘り返しイベなので本当にしんどい。

(全然関係ないのだが私のアツいアイドル活動、アイカツ!熱が再燃してきてヤバい、Nizi proにハマり、”アイドル”という概念の尊さに生かされている…書き方完璧にオタクです)

 

昨日、友人と高校の話をしたらめちゃくちゃ盛り上がり、「地域関係なく高校時代にありがちなことってあるよネ~~~」って結論に落ち着いた。

主に、進路指導のやり方とかなんだけど。

 

高校時代に感じていた屈折した思いをせっかくなので書こうかな☆とか思ったので、書きます。

  

ーー

高校生というより、中学時代からもちろんコンプレックスを抱いていたのだけど(普通にいじめられていたので)、まだ解消されていないので書いておこう、

 

中学時代は、本当に理不尽な理由で心無い言葉をかけられたり、ばい菌のように扱われたりと辛かった毎日を過ごしていたんだよね。あまりこのことは人には言ってないけど。

(これについても、じっくり今度記事にしたいと考えている。今は精一杯、その経験と向き合っています) 

 

忍耐力はあったので、「こいつらのせいで不登校になって第一志望の高校に合格できないなんて許せない!私は大学まで行きたいんだッ!学校に通ってやる~~~~~怒」っていうモードで何とか乗り越えられた。

 

親や先生、友人に泣きついたりと周りの人に助けられながら、という感じだったので、本当に感謝してもし足りない…。

 

無事、中学校を卒業した後、第一志望の高校に進学した。

 

高校に進学して驚いたのは、悪口で友情を深めるという無粋な人間関係が存在しなかったこと。クラスメイトは本当にいい子が多くて、「私も楽しい学生生活を享受しても良いんだ」と思った。

 

…とはいえ、高校時代、控え目な性格が災いしたのか、長い前髪+眼鏡という見た目が災いしたのか、「根暗」という印象を持たれることが多かった。

今、高校時代の写真を振り返っても、「うわ、、暗いわ」という感想を持ってしまうほどだったから仕方ないことなんだけどね。

 

だからなのか。

2年に進級してからというもの「人間関係を構築する」ということがほとんど出来なかった。クラスメイトは恐らく「あんま関わらんとこ~~~」と思う人物として私と接していたと思う。

 

確かに、私はいろいろダメだった。

運動音痴でコミュ障。根暗で地味。

 

でも、こんな陰キャが道を開くためには”勉強”はしなくてはいけない、というような強迫観念に苛まれ、ひたすら勉強していたように思う。

 

アイカツポケモンとテクノを愛し、ひたすら勉強に励む陰キャでしたネ(^-^)

 

 

(因みに、高校3年生の頃はクラスメイトともかなり打ち解け、楽しい学生生活が送れました~~~~!同窓会も楽しかったし、高校同期ラブです!!!!)

 

ただ、教師から言われた

「勉強さえできれば、人間関係が上手くできなくてもいいでしょ(笑)勉強頑張って見返せばいいじゃない」

「いつも『難関大学を目指そう』と提案しているものの、実際は勉強が出来ても、器量が悪ければ世渡りできないからね。コミュニケーション能力が一番大切だよ(笑)」

という言葉は今でも引っ掛かっていて、たまに悪夢のようにフラッシュバックしてしまう。

 

この言葉を発した教師のパーソナリティを批判したいわけじゃない。

でも、この言葉の背後にある固定観念というものに対しては批判的な眼差しを向けている。今もなお。

 

 

私の出身校は難関”国公立”大学進学者を出すことに躍起になっていたので、当然のように優秀な学生に対しては囲い込んで手厚いサポートをしていた。

 

当初、私は箸にも棒にも掛からないような成績だったので、先生に名前を憶えてもらえているかどうかも怪しかったと思う。

 

しかし、高3の頃、模試の成績が上がったところ、先生から今までにないくらい期待を寄せられてしまった。

(誤解なきように言うが、先生からの手厚いサポートを受け、志望に合格できたということは忘れていない。面談や添削を何度も繰り返し行ってくれた母校の先生には感謝している。ただ、違和感は感じたので書いています。)

 

「○○大目指しなよ」

「私の行きたい研究室はそこにはなくて志望大にはあるんですよ。○○大は二次試験の受験教科とも相性悪いです」

「今からだったら間に合うよ。頑張れ!」

 

というやり取りがなされたが、私は先生に従おうとは全く思わなかった。

 

「あなたの成績なら、目指してもいいんじゃない?というか、ここで上を目指さなかったら、絶対後悔するよ」

と何度も言われたが、方針を曲げる気など微塵もなかった。

 

なんというか、進路指導というものが誰のために行われているのか疑問に思った。

 

「○○大合格者を出す」という目標のもとで進路指導が行われているように思えてならなかった。

 

卒業後も、「なんであの大学目指さなかったの!」と冗談を言われた。どうでもいいけどね、、

私としては、進学した大学を選んでよかったと心の底から思っているし、後悔は一切していない。

 

でも。でも。心の底には違和感が残る。

 

繰り返すようだが、私は母校やその教師を嫌っているわけではなく、むしろ感謝している。それに、私は行きたいところに行けた。

 

なのに、なぜ違和感が拭えない。

上手く言語化できないので、またの機会にじっくりと書こうと思います。(逃げ)

 

「自称進学校」という言葉が頭をよぎったので、この記事を引用しよう。

www.koukouseishinbun.jp

高校生向け新聞「高校生新聞」の記事の以下の見出しを見てほしい。

 

すべては進学実績のため? 先生が国立大学をとにかく勧める

  (最終閲覧日:2020年10月7日)

 

うわ、これだ!(笑)と思ってしまった。

 

多くの高校で蔓延る「国公立信仰」というものは、一連のもやもやに繋がるのではないか、と思う。

ちょっと頭の中の整理がまだなのでまたの機会に書きます。

 

まぁ、この感情は大学に進学して楽しい毎日を過ごしたら風化してしまったんだけどね(笑)

 

進学後、母校を訪問したら「憑き物が落ちたように明るくなったじゃないの!」と学年主任の先生に言われてしまった(笑)

この先生には、一度心の中に抱えていたことをこっそり教えたので、ずっと心配そうに見守ってくれたんだよな。。。(´;ω;`)

 

コンプレックス的な話をしようと思ったら、進路指導に対するぼやきを書いてしまった。

 

 

今後の展望も書くことにする。

 

現在、就職活動をしている身として、一応「就活の軸」なるものはあり、それに沿って企業のインターンに応募したりはしている。

 

とはいえ、私の人生は御社の機動力になるためにあるわけではないので、「人生の軸」というものもある。

 

その「人生の軸」の1つは「発信する」ことである。

私は、文章を書いたり、人と話したりと、何かを「発信」することに楽しみを見出している。

今後も、いろいろと文章を書いていきたいなあと考えている。

 

先述したが、この言葉がフラッシュバックすると胸が痛む。

 

「実際は勉強が出来ても、器量が悪ければ世渡りできないからね。コミュニケーション能力が一番大切だよ(笑)」

という言葉。

 

私は器量が悪い。

バイト先でもヘマをしすぎて何度も自己嫌悪に陥った。

 

でも、器量が悪くても楽しく生きられるってことを発信したいなあって思う。

器量が悪くても輝けるステージを見出すことが、私の夢なのかもしれない。

 

というわけでこれからは、過去の解消しきっていないもやもやを解消すべくブログ記事を書く予定ですっ(^-^)

 

乞うご期待(^-^)

 

( ^ω^)

 

余談だが、最近「のだめ」を読み直したら、トラウマに向き合い、新たな道を進む…という物語筋で、今の自分にめちゃくちゃ響きました。

 

「のだめ」に関するアツい!思いもまた書きたいとおもいまーーーっす!

 

今回はここまで。

 

「学生時代」や「高校の進路指導」に思うことがあれば、気軽に話しかけてください…。いろんな人の意見聞きたいです。