Naegi

逍遥

取り越し苦労を愛す

人一倍に取り越し苦労をしてしまう性格。

これを面白がれるようになったのは大きな進歩だと思う。

 

忘れ物をした。

今までは忘れ物を取り戻すのに躍起になっていたが、今は違う。忘れ物を忘れようとする。貴重品ではない限りは。

 

こうした私の性格は時として、精神的な問題として浮上していた。高校2年生の頃から強迫神経症らしきものがあり、高校3年生の時に悪化し、パンデミック以後に再発。確認癖が治らないよ、と辛くなった。

 

そんな私でも、自動車教習を終えた。

確認しすぎ!と教官に怒られながら、なんとかやり遂げた。強迫神経症が原因で、車校の退学も頭をよぎったほどだが、無事卒検に合格できた。

 

気質の問題として、完治は難しいのだろう。でも、今は日常生活を楽しめているし、わたしの気質をどこかメタ的に見れるようになった節もあり、心が穏やかである。

 

私は専門家ではないので、この病気の治療法に関してはなんとも言えないのだが、まぁこんな形で共存できるのも良いのかもしれない、と思った。

カウンセラーに言われた、完璧主義を治すのはたぶん難しいだろうから。

 

脳内反省会

複数人と出かけた時、あるいは飲み会で複数人とコミュニケーションをとった時、必ず私は反省会を開く。

 

あの言動、よくなかったなぁ、

もっとああすればよかった。

 

そんな感じの思考が渦を巻く。私はたぶん、気にしすぎる性格で、いわゆるHighly sensitive personである。(HSPという言葉の商業的な響きが好きではなく、本当のことを言えば、この言葉を使いたくない)

 

ソーシャルな場は嫌いではないが、帰宅後のしんどさを加味すると遠慮してしまう時がある。

 

ひどい時には、疲れているのに夜も眠れず、ひたすら言動を反省する。瞑想の動画を流すも、雑念を捨てきれないまま。ゴリラ→たくあん→洗濯機というように、認知シャッフル睡眠法を試すも、難しい。

という場合は、時が流れるのを待つ。

中学生くらいの頃から、こうなのである。

もう慣れた。でもしんどい。

 

 

部屋が荒れているのに気づく。

自分の内面ばかりに目を向けていると、住環境の荒みに気づかないのが世の常である。

 

面倒がって、地べたにものを置いていたら、足の踏み場がない。

 

たぶん、私の心と部屋の状態はリンクしている。

 

梨木香歩のエッセイで、そんな感じの言及があった。自分の住空間を愛することは、自分を愛することにも繋がる、と。今の私に響く言葉である。

 

部屋を片付けよう。思考も。

 

 

「〇〇ちゃんが一人暮らし?アッハッハ〜」

大学一年生の頃。

 

祖母に近況を伝えると、こちらの予想以上に笑っていた。

一人暮らしできなさそうな私が、一人暮らしをしている。その事実がたまらなく面白いらしい。

祖母は思ったよりも笑い上戸なんだなぁと気づいた。

 

あれから4年。

祖父母の写真が送られてくる。

あの頃よりも皺は深くなり、体躯もひとまわり小さくなった。

4年という月日はここまで人を変貌させてしまうのか。

流れ去る時が恐ろしくなった。

 

 

この4年、一番向き合った問題は、孤独に関する問題かもしれない。

 

特に、パンデミック以後は。

 

いくら人と関わっても、孤独は消えないのだと最近気づいた。

 

去年は、大学院入学に向けて、孤独の解決策についていろいろ考えていた。

 

大学院生は孤独っていうし、ましてや文系院生なんて独りぼっちになるでしょう、と。

 

いろいろ考えたけれど、その心配は杞憂に終わった。周囲には恵まれ、ソーシャルな場も増えた。

 

それでも、ずっと向き合っていた孤独の問題は消え

 

ないままである。

 

ここで、私がいま、自分に言い聞かせるように聴いている曲の歌詞を引用しよう。カリ・ウチスのAfter the stormである。

 

" so if you need a hero, just look in the mirror 

No one's gonna save you now  So you better save yourself "

(拙訳→ヒーローを望むなら、ただ鏡を見つめればいい。助けてくれる人は誰もいない。自分のことは自分で守ればいい。)

 

あー。これこれ。

 

自分を助けるのは、結局自分なんだよね。

誰かが誰かを助ける型が物語の定石となっているけれど、結局自分を救えるのは自分だけ。

 

最近の児童向けアニメで、やたらと自立が促されているのも、この型からの脱却を示唆するのではないか。

今の時代、ヒーローなんていない。自分がヒーロー。

 

まぁ、今の時代に限った話ではないかもしれない。

 

孤独に打ち克てるのも、また自分しかいない。

そう言い聞かせて、今日から研究を再開させよう。

 

 

 

夢は巨大なトラウマ処理機なのか。

繰り返し同じ夢を見る。

 

もう済んだことなのに、夢は幾度となく私を傷つける。研ぎ澄まされた鋭利さをもって。

 

 

「〇〇(当時のあだ名)、気持ち悪いんだよ!」と。キャップを被った少年たちは言う。

 

 

目覚めの後、わたしは落ち込んでしまう。現実の世界で嫌なことなんて起きていないのに。

 

運動場、教室、廊下の映像は、私にとって凶器も同然だった。映像が反復される。私は慄然とする。

 

夢は欲望の投射とかいうけれど、好きなだけ欲望なら尽くしてくれ。トラウマなどドブにでも投げ捨てたい。でも、それができないからトラウマ。一生をかけて向き合わないといけない主題なのかもしれない。

かさぶたにならないまま、傷口は10年の節目を迎える。

 

ノートの隅にある愛が

いま、とある作家の研究をしている。

恋慕していた時の日記が、没後発行されることになる。これが本になるなんて、想定していなかっただろう。

 

自分だけに向けた日記が、数十年の時を経て公開されてしまう。果たして私が読んでいいのだろうか。

罪悪感を感じながらも、ページを進める。

…人の家の台所を盗み見る感じ。空き巣のような感覚。見ることを許されていない。

 

 

近代文学の全集において、作家の書簡など、私的な文書も収録されている。

 

研究の裏付けに必要…とはいえ、人のプライベートの領域に侵入するのは、いかがのものか。鬼籍に入っている人間の記録でも、やすやすと見ていいものではない気がする。

 

 

でも、わたしはノートに書き殴られた恋慕の軌跡を見て、なんか安心してしまった。

 

人は、常に毅然と生きる必要はないんだって。

 

 

数十年後、ここのブログがなんらかのかたちで本になったら嫌だな。インターネットの墓場に持ってくぞ…

 

 

幼い時から、人に文章を読まれることは得意ではなかった。

 

いや、小学生の頃までは、意気揚々と作文を書いて、先生や親に見せていた。

 

中学に進学すると、自意識に妙な恥ずかしさをおぼえ、日記をしたためたノートを隠していた。

おそらく、読まれていたのだろうけど。

 

今もその癖は治っておらず、知り合いに文章を読ませて!と言われると、だいたいはぐらかしてしまう。

恥ずかしいから。

 

それでも、TwitterInstagramにブログのURLを載っけてしまう。なんという自己矛盾。

 

たぶん、面と向かって読まれるのがあまり得意なのではないと思う。

 

みなさん、読むならこそっと読んでくださいね……!

 

 

意図に反して本にされてしまった作家を思うと、辛くなる。

 

読まれたくないものが、世に出る。

研究者サイドとしては、なんとしてでも見つけてやる!と思うのだが、創作者の立場になれば話は別。

 

このような矛盾をかかえながら、研究に取り掛かろうと思うのです…

 

ファッションとパッション

最近、ファッション誌に思いを巡らせることが多い。私の興味が女性ファッション誌にあり、そのマッピングを試みているからである。

 

個人的な話をするならば、高校の頃から自分の思うようなファッション誌と巡り会えなくなった。

セガキだった私は、小学生にして『ニコラ』を読み、いろいろな世界を知る。投書欄はなかなか衝撃だった。中学生になり、『ニコラ』に飽きた私は、『セブンティーン』を読み出す。

この頃から、あれ?と思うように。

 

別に、セブンティーンが悪いわけでもなく、私の好みの話である。要するにモテ路線のファッションをに、意義を見出せなくなったのだ。

当然、私は後続のnon-noやらCanCamやらを読むことはない。2020年に特別復刊された『Olive』を読み、たまらなく当時のOlive少女が羨ましくなった。

非モテ路線での自己表現が体現されている。その世界に羨望のまなざしを向けていた。

 

コロナ禍で奇しくも余暇を獲得したわたしは、雑誌を作ろうと試みた。

 

現代版デカメロンを作ればいいじゃない!と『デカマロン』というふざけたタイトルの雑誌を企画した。

 

…もちろん、当時の私は、ボッカチオの『デカメロン』を読んでいなかった。読まなかったからこその発想である。ペストから逃れて…のくだりくらいは知っていたが。

 

まぁ、それはさておき、雑誌を作るならば、雑誌の歴史くらいは知っておくべきだ、と思い、片っ端から雑誌関連の書籍を渉猟した。

 

そこで、私はますますOliveについて調べたくなる。

なぜPOPEYEは生存し、Oliveは廃刊したのか。

酒井順子氏のOlive本などを参照して、Olive女子の実像を知る。

 

たぶん、わたしは当時Oliveを読んでいたとして、別の方向で劣等感を感じることになるだろう。

 

Olive掲載のブランドは総じて価格帯が高く、内容も都市圏のノーブルな人間にターゲティングされたものである。きっと、クソ田舎に住んでいた私は絶望に似た羨望のまなざしを誌面に投影していたことだろう。

 

非モテ、ではあるけれど。

ある意味で物凄いギャップを前提にしたものである。

Olive女子が恋焦がれた小沢健二が示唆するように、あれはノーブル人間によるノーブル人間のための雑誌なのであった…。

 

 

私が希求する雑誌は何か。

ファッションで自己表現🎶を可能にするも、それはハイブランドに支配されないファッションであること。

 

そして、内省できる雑誌である。

ファッションという言葉が軽薄さを揶揄するために使用されることもある。だからこそ、ファッションを扱うには、内省のための、確固たる哲学があってほしい。

 

流行を追いかけて、消費を繰り返していては、いつになっても内省は可能にならないだろう。

 

個人的に、内省力に関してはVogueが優れていると思うことはある。

 

もちろん、消費文化を前提にしつつ、「エシカル」だとか「サスティナブル」とかを並べるなんて、グリーンウォッシュだ、と思うこともあるが。

 

Vogueの特集には、哲学がある。

例えば、Vogue はアマンダ・ゴーマンの詩の話を取り上げる。日本のファッション誌で、このようなトピック設定がなされることは少ないだろう。

カルチャー欄としておすすめの映画や本が紹介されることはあるものの、それはあくまでも巻末のミニコーナーである。

 

あー、POPEYEね。POPEYEはファッションを取り上げつつ、カルチャーを取り上げる雑誌。Oliveが生きていれば、もう少し私の雑誌論は変わったかもしれない。

 

POPEYEの是非については、ここでは言及しないが、POPEYEみたいな雑誌が女性誌であればいいのに、とは思う。もっとカルチャーを扱ってほしい。

カルチャーを扱うだけじゃなくて、しっかり哲学を持って、分析してほしい。

 

それが欲しいなら、『ユリイカ』やら文芸誌を読めばよいじゃない!という声も聞こえてきそうだが、私は写真ページのある、雑誌デザインが好きなのだ。素敵なコーディネートを楽しみつつ、その内側にある哲学を探る。これが私の求めているものだ。

 

その意味で、『TRANSIT』が好きだ。その名が示すように、旅を扱うものの、ガイドブックにはならず、その内側の哲学を示してくれる。衒学的、という批判ワードも想定されるが、わたしはこうした衒学趣味をポジティブに捉える。もう少し、視覚情報に重きを置いた、文芸誌みたいな雑誌が欲しい。

 

これが、私のめんどくさいファッション誌観に繋がるのかもしれない…。

 

昨年の『文學界』上の、ファッションと文学特集は面白かった。島本理生氏と山崎ナオコーラ氏の対談において、Oliveの名が出てきたことに、思わずニヤッとしてしまった。

 

文芸誌側がファッションにアプローチしてるんンだから、ファッション誌も文芸誌的なアプローチがあってもいいのになぁって思うけど、これは私の主観か。

 

たしかに、ターゲティングは難しそうだが…。

見に纏う服装について、もうすこし内省的にありたいし、視覚情報に重きを置いた利点を活かして、もっと世界を広めたい。

 

雑誌『装苑』は、服飾の専門家寄りの雑誌で、服を作る側の視点が垣間見えて面白い。

 

消費だけじゃない、ファッションのあり方をなんとか提示してくれるメディアはないか、私は諦めも悪くKindle Unlimitedで雑誌を次から次へと検索する。

 

 

ただのウェブサイトではダメなのよ。

雑誌がいいのよ。

これはわたしが、曲がりなりにも雑誌制作に携わっていた経験にも由来するのかもしれない。

そして、これからもちょっとした冊子を作る予定である。

 

文学史的に雑誌を研究することにハマってしまうのは、おそらくわたしが雑誌を作っていたから。そして雑誌を読むのが好きだから。

 

これをどうにか形にしたい!と思いながら、

ZINEを作ります!!!!

そうです、今回の記録はZINEを作るためのブレストみたいなものですね。

 

この数週間で、まず手製本のZINEを作っちゃいますよ!!!!

その前に、雑誌の変遷について調査せねば…と私の調査オタク気質が騒ぐのであったー(完)

 

家守夢想

先日、戸外でヤモリを見つけた。どうやら吉兆らしい。

 

家守、と書くように家を守ってくれる存在とのこと。壁を駆け抜けるヤモリを見て、ある友人を思い出した。

 

あらゆる生物に愛情を注ぐ彼女は、昆虫だろうが爬虫類だろうが、臆せず近づく。決して煙たがったりしない。 

 

彼女なら、壁をよじのぼるヤモリを「かわいい」と言うだろう。

まっすぐヤモリを見つめて。

遠い地区で頑張って働いている彼女を思い出す。

 

今頃元気だろうか。

また落ち着いたら、会いに行きたい。

 

ー  

 

家守、といえば梨木香歩の『家守綺譚』であろう。

西の魔女が死んだ』に比肩するほど人気作品である。

 

梨木作品といえば、『西の魔女が死んだ』に連なる「少女文学」ものと、『家守綺譚』に連なる「異界」ものにあらかた二分されるだろう。

 

わたしはどちらかといえば、前者の作品ばかりを好み、『家守綺譚』系統の作品をうまく読めない。

『村田エフェンディ滞土記』は好きだけど。

 

いまもう一度、読んでみようか。

 

 

 

今日もクリアな夢を見た。

最近はハッキリした夢ばかりを見る。

睡眠が浅いのか、理由はわからないが。

 

ロココ調のマンションに内見しに行く夢を見る。

白亜の壁に掘られたレリーフに感動していると、

一番質素な部屋に通される。

 

ロフト付きのワンルーム。とてもロココ調のマンションから想像できないような部屋だった。

家具は備え付け。すでに家具はあるから、この家ではないと不動産の方に告げた。

 

その前は旅館にいた。

風情のある旅館で、浴衣を着る。

気づいたら幼少期の弟がいた。

 

場面が変わり、果樹園へ。

葡萄と林檎が実っていた。

某Animal crossingゲームのように収穫する。

 

ここで夢は終わっていた。

吹奏楽への語り。あるがまま。

ポケモン新作の映像にて、アルヴァマー序曲が使用されていた。

 

かつて2年半ほど、吹奏楽部に所属していた私の記憶が蘇るような曲だった。

 

若々しくも、痛切なあの感情。

少なくとも、引退した後にはあの類の感情は感じたことはないかもしれない。

 

まだ未熟な中学生が、数十人単位で音楽室という密室に閉じ込められるのは、なかなか酷なことだった。

 

厳しい後輩指導、悪口。

顧問の理不尽な指導。

 

あらゆるものが当時の感覚で読みがえってきた。

ある意味で、アルヴァマーは恐ろしい曲だ。

 

…とはいえ、もう中学時代に対する怨嗟を述べるのも飽きてきた。

 

戻りたくはないけれど、たしかにあの時期の辛い出来事は今の私を根幹をなしていると思う。

 

たとえば、ゼミで厳しい論文指導を受けた時、私は案外平気だった。

同期と比較して、一番出来が悪かったのに。

 

音楽教師に、吊し上げられたあの日々を思い出す。

あれに比べれば、プレッシャーも小さかった。

部活での失敗=全生活での失敗だったあの頃は、本当に必死だったのかもしれない。

 

学部2年生の時、私はアルバイト先、学生団体、学部の友人グループ…というように複数コミュニティを行き来していた。

 

ひとつでのコミュニティでの失敗は、小さな失敗である。これだけで全生活は脅かされなかった。

 

 

 

響けユーフォニアムという作品は、部活が個人を支配するくだりをうまく描いていると思う。

 

友人、恋人。あらゆる人間関係が、部活の上で展開される。部活での事件は、生活をゆるがすものになる。

 

だからこそ、あの作品群は苦しい。

先輩を強く慕う後輩。ソロを奪い合う先輩と後輩。

吹奏楽部を経験した人は、あの類の苦しさを経験している人が多いのではないか。

 

譜面に書かれた「絶対金賞!」の文字は、当時の空気をリアルに引き戻してくれる。

 

書き込まれ尽くした譜面と向き合う私。

メトロノームを設置して、ロングトーン

チューニング。

 

あらゆるものが、10年の時を経ても蘇る。

 

あの夏の経験は、苦しくもあり、また熱くもあったのである。

 

夏のコンクールが終わったあと、私は家族旅行に出かけた。中沢けいの『楽隊のうさぎ』を機内で読んだ。

 

そんな光景が思い出されるのは、私の熱が残存しているからなのかもしれない。