「十連休、終わるね。」
私は指先でテキストメッセージを送る。令和元年5月4日午前3時半のベッドの上である。
日が真上に上るころに目を覚ます。
カップ一杯のミルクティーを飲み干し、作り置きのミネストローネをスプーンで掬う。
テレビをつけると「令和最初の」イベントが報じられた。そして、高速道路は渋滞している模様で、上空から車の列を映していた。
平成から令和へと時代は移ろい、季節は春から初夏へとバトンパスされた。
花粉症も落ち着き、部屋の窓は久しぶりに開け放たれた。約3か月ぶりに新鮮な風を部屋に取り入れると今までの鬱積が消えたようで、とても爽やかな気持ちに包まれた。
溜まっていた洗濯物を一気に洗い、柔軟剤の香りを漂わせながら外に干してゆく。そして掃除機で念入りにマットレスを掃除し、こたつ布団を仕舞う。額に浮かぶ汗が寒い春の終わりを告げているようで、寂しいような嬉しいような気持ちを感じる。
時計の示す時刻に焦らされ、とくに化粧を施すわけでもなく、髪を1つに結んで、出かける。
もはや初夏の陽気で、街を行き交う人はみな半そでを着ていた。
つつじの花が5月の到来を示しているようで、迷走する春は終わったのだと思った。メイだけに。
遠くのビル群の霞を眺めながらスティックパンを口に放り込む。そして、ワイヤレスイヤホンを耳に挿入し、YogeeのCAN YOU FEEL ITを聴きながら銀杏通りを歩く。
来世でまた会おう、か。Yogeeの歌詞が引っ掛かり、足を止める。
この間、LINEのトークルームをひっそり退出し、音信不通になった友だちを思い出した。きっと、これからも同じ世界で生きているのだろうけど、私たちは武蔵小杉の交差点とか思いもかけない場所で出会わない限り、一生交わることはないのだろうと思うと得も言われぬ虚無感に包まれた。しかし、来世でまた会えば良いと気づいた。
この銀杏通りを下を向いて歩いたのは紛れもなく私。北風が冷たくて、顔を上げたくなかったのかもしれない。けれども季節は初夏。
青々と茂った銀杏と初夏の風が私を空へと誘う。
初夏は秋や冬よりも青春の色合いが強く、甘酸っぱい気持ちになる。
ちょうどすれ違った2人組も何らかの青春の物語を持ち、この街で過ごした日々の思い出の端くれとして今日という日が想起されるのだろう。
青臭く、なおかつ甘い。
牛丼、牛丼、牛丼。先ほどまで流れていたフレーズが頭の中をyogee る。
案外、ふつうの歌詞よりも空耳の歌詞の方が頭に残るのだ。
主にスティックパン しか入っていないわたしの胃腸が反応し、牛丼チェーン店へと駆り立てる。銀杏のなかを疾走し、店へ向かう。
牛丼を注文すると知り合いの青年に会う。
「やあ」
彼は白いTシャツにカーキパンツ、財布と携帯。
不必要なものを一切感じさせない恰好でスマートフォンで
テキストメッセージを送っている。
「牛丼、よく食べに来るの?」
「そんなことはないけど、さっきラジオで流れた音楽を聴いていたら
牛丼を食べたくなったんだ」
「わたしも音楽を聴いていたら牛丼と聴こえてきたから牛丼を食べに来たの」
不意にわたしはどきりとする。
「へえ、こんなこともあるんだね」
「なんて曲だか知ってる?」
「知らない」
「YogeeのCAN YOU FEEL ITという曲」
「へえ、Yogeeか。最近僕もシティポップに惹かれてきたからまた聴いてみるよ」
と言われると牛丼が出てきてわたしはするりとそれを食べた。
「じゃあね」
私は牛丼店を当てにする。
温い空気の中、鮭を買うためにスーパーマーケットに向かう。
初夏になると日が落ちるのも遅くなり、時間感覚を失う。
5時だったと思っていたら7時だということが往々にしてある。
スーパーマーケットからの帰り道、牛丼屋の青年からのテキストメッセージを確認したときに時刻が7時を回っていることに気づかされた。
彼と個人間でメッセージのやりとりをしたのはこれが初めてだった。
「山下達郎を思い出したよ」
「似ていても、しっかり異なる」
「彼らには海がある。都市沿いの海、というよりは、もっと自然に近い海」
「シティポップとはいえ、シティから少し離れた海を感じさせる」
彼は見た目はシンプルだが、彼の言葉は非常に装飾的だ。
しかし腑に落ちる。藤沢の海岸沿いを思い出すようなサウンドである。
いや、藤沢だったらSuchmosか?と考えながら結局都会から離れた
名もなき海岸を想起しながらまたYogeeを聴く。
家に帰ると、夜の闇が家を支配する。テレビもテーブルもすべて闇夜に溶け込んでいる。電気を付け、鮭を焼く。
テレビは相変わらず、令和の幕開けを祝っている。
私は焼いた鮭とほろよいで記念日を祝う。
顔見知り程度だったあの人と、好きなものについて話せるようになったから
今日はある種の記念日だ。
これから関係性が変わるかどうかは分からないが数少ない趣味を共有する友達として大切にしていきたい。
甘酸っぱい気持ちがわたしの奥底で微かに蠢くのを感じながら。
そして、深夜になってテレビを消す。
令和の到来はとうに忘れ、牛丼を食べたこと、青年との邂逅も忘れ、
眠りについた。
なぜか、私は指先で送ってしまった。
「十連休、終わるね。」
「ダウンタウンか、海岸に繰り出さない?」
日常から乖離した、歌詞中の言葉を実在するシンプルな青年へと送ってしまう。
しまった、と思ったころにはすでに既読がついてしまった。
「俺も行きたい」
「暗い気持ちも晴れるかも」
そう、街に繰り出そう。霞んでいた、摩天楼の中に向かうのだ。
そう、思いながら連休後半の一日に幕を閉じるのだった。
耳の奥ではさざなみが聞こえる気がした。
おわり
ちなみに語り手がわたしであるとは限りませんよふふ
Unreliableな語り手です。
一番言いたいことはこれ聴いて、です。
Yogee New Waves / CAN YOU FEEL IT (Official MV)
初夏の今、これが聴きたくなりました。聴いてます。
今度、Yogee聴いてきます、楽しみです。
そして今日も3時に寝ます。おやすみなさい。